阿波踊りのうちわの振り方とは

私が応援しているJリーグチームに個性的な選手がいました。チームでキャプテンをやっていて、実力とリーダーシップを兼ねそろえたとてもいい選手でしたが、彼の代名詞とも言えるのがゴールを決めた後のパフォーマンスです。

徳島で育った彼は、ゴールを決めた後、真っ先にサポーターのところに走っていき、「阿波踊り」を踊ってサポーターとゴールの喜びを分かちあうのです。スタジアムが一番盛り上がる瞬間でした。彼のおかげで、徳島に行ったことがない埼玉出身の私でも、阿波踊りがどんな踊りなのかということを知ることができました。

ただ、先日テレビで阿波踊りの映像を観たときにびっくりしたのは、踊っている人たちがうちわを振っていたことでした。「阿波踊りってうちわを使うんだ」と見入ってしまったのと同時に、まだまだ阿波踊りのことを全然知らなかったのだなと反省しました。

というわけで、今回は徳島が誇る阿波踊りの歴史と、阿波踊りでのうちわの振り方についてお話ししていきたいと思います。


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阿波踊りの歴史

まず、阿波踊りにはどのような歴史があるのか見ていきましょう。阿波踊りの始まりは盆踊りでした。その原型はひとつの踊りではなく、ぞめき踊り、組踊り、俄(にわか)踊りという3つの踊りです。

ぞめき踊りは、津田(現在の徳島市)で始まった踊りです。漁師やその家族たちが海岸に集まり、火を焚いて仏の名を海に向かって呼び、仏とともに少人数で踊るのが起源とされています。

このぞめき踊りに対して、大規模の踊りとして華やかさを誇っていたのが組踊り。組踊りというのは100人から120人ほどで踊られるもので、舞台に上がった少人数が踊るメインの踊り(中踊り)と、その周りを多数の踊り子が回り踊りで景気づけます。踊るときの衣装や持ち物も華麗で、観衆の眼をひきつけ、幻想の世界に人々を誘うことを目的とした踊りでした。

俄踊りは、18世紀ごろに徳島城下に進出してきた商人たちが始めた踊りで、俄という名の通り、阿波特有の芸能ではなく、衣装なども組踊りのように豪華にできなかったのですが、小咄などの芸を交えながら踊りを盛り上げていったと言われています。

その後、国内の騒動や戦争などで阿波踊りが中止になりましたが、終戦後復興を願う目的で徳島駅前広場にて復活。にぎやかで躍動感あふれる阿波踊りは、戦災復興のシンボルとして、徳島の人々の圧倒的な支持を受け、現代の姿に発展してきたのです。

阿波踊りでのうちわの振り方

次に、阿波踊りのうちわの振り方について話していきたいと思います。阿波踊りには男踊りと女踊りがあるのですが、それぞれの踊りで手の振り方が違います。

男踊りの振り方は、初めに右手を前に出します。その時、出した右手の指先は、目線と同じ高さで止めます。次に、出した右手を顔の手前まで引いて、左手を出します。もちろん指先は目線の高さです。

女踊りの振り方は、男踊りよりも少し複雑です。まず、右手と右足を同時に出し、右足が地面につくのと同時に、右手の動きも止めます。次に、左手と左足を同時に出します。その時に引く右手は耳の後ろまでもっていきます。右側と同様、左足が地面につくのと同時に左手も止めます。これを繰り返しながら前進していくのです。

男踊りでも女踊りでも、振ったうちわが格好良く見えるように、手を曲げない、肩を落とさないように注意する必要があります。

まとめ

ここまで阿波踊りの歴史とうちわの振り方についてお話ししてきましたが、いかがでしたでしょうか。「ええじゃないか」と踊りながら人々を楽しませる阿波踊りは、長い歴史があって奥が深いものだったのですね。現在、日本各地で阿波踊りのお祭りが開催されていますが、阿波踊りのことをよく知った上でお祭りを見てみると、違った楽しみ方ができるかもしれませんよ。



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