佐渡金山が世界遺産として登録される可能性は!?

2018年現在、日本には17件の文化遺産と4件の自然遺産の合計21件の世界遺産があります。ここ10年間では、静岡県と山梨県をまたぐ日本の最高峰である富士山や、群馬県の富岡製糸場、福岡県の沖ノ島などが世界遺産に登録されていますね。

日本の世界遺産の数が増えると、今まで以上に日本に訪れる観光客が多くなり、多くのインバウンド需要が見込めるという利点もありますし、日本の歴史を世界に知ってもらえるいい機会になります。

そんな中、日本が新たに世界遺産の登録を狙っている場所があります。新潟県に属する佐渡島です。佐渡島は「佐渡の金山」と言われ、その昔に金が豊富に採掘できたのです。

とはいえ、私たち日本人も佐渡と言えば金山ということは知っていても、佐渡島のこと、そして佐渡金山の歴史についてはあまり詳しくないですよね。というわけで、今回は佐渡金山の歴史と、世界遺産に登録されるまでに乗り越えないといけない壁や課題についてお話ししていきたいと思います。


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佐渡金山の歴史

佐渡金山は、今から400年以上前の1601年に3人の山師により開山されたと伝えられています。その後1603年には徳川幕府の直轄の天領として佐渡島に奉行所が設置され、金山で小判の製造がおこなわれるようになり、江戸幕府の財政を支えました。

この400年という歴史、長いと思う人もいれば意外と短いなと思う人もいるでしょう。江戸時代の小判でなくとも、金貨はもっと昔から存在していたはずなので、江戸時代に開山されたというのは正直以外でした。

明治時代になってからは、官営の佐渡鉱山となり、産業革命で発展を遂げたヨーロッパから技術者を招聘し、機械化と近代化が進みました。1896年(明治29年)になると、当時の三菱合資会社(今の三菱グループの全身)に売り渡され、日本最大の金銀山として拡大し発展を遂げました。

しかしながら、佐渡金山の資源もこれ以上はもたず、1989年(平成元年)の3月、佐渡の金山は操業を休止し、400年近くに及ぶ歴史の幕を閉じたのです。現代の人々にとって、佐渡金山は歴史の授業で少し学んだだけのものかもしれませんが、日本の歴史に多大なる貢献をしていることは誰の目から見ても明らかですね。


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世界遺産に登録されるまでの課題

そんな佐渡金山が世界遺産に登録される可能性はどのくらいあるのでしょうか。その前に、世界遺産に登録されるまでの流れを見ていきましょう。

まず自国の中にある候補地をいくつか列挙し「暫定リスト」として提出します。その後、世界遺産委員会が遺産を評価する機関に調査を依頼します。各機関の調査結果が提出されたあと、正式な登録にふさわしい遺産かどうか、委員会のなかで協議され、最終審議を通過すれば世界遺産に登録されるのです。

佐渡金山の現在の位置づけは、「暫定リスト」に記載されており、れっきとした世界遺産の登録候補になっているわけです。あとは機関の調査結果を待つばかり、というわけではなく、大きな課題も残っています。

佐渡の鉱山施設は、1989年の休山後以降、劣化や破損が進んでいます。それなら修復すればいいだけではないかというとそうでもなく、修復によって積み重ねてきた歴史の痕跡が消えてしまうので、文化財としての価値が低下してしまうのです。

一方で、すべてを歴史の痕跡として残そうとすると、安全性の問題が浮上します。安全性が低いと、観光客が訪れるのに二の足を踏んでしまいますからね。いい具合に修復をしつつ歴史の痕跡を残すということで頭を悩ませているのです。

まとめ

ここまで佐渡の金山の歴史と、世界遺産に登録されるまでの課題についてお話ししてきましたがいかがでしょうか。観光立国を目指す日本にとって、世界遺産の登録数が増えると観光資源が多くなり、海外からますます多くの観光客を呼び込むことができるというメリットがあります。歴史ある佐渡金山が、立ちはだかる課題を乗り越え、無事世界遺産に登録されることを願うばかりです。



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